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大阪高等裁判所 平成3年(う)155号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人明石博隆作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、趣意書第一の二、2における飲酒と判断能力に関する主張は量刑の一事情として述べる趣旨であると述べた。)。

論旨は、要するに、量刑不当を主張する。そこで、所論にかんがみ記録を調査して検討するに、本件は、被告人が常習として被害者に対し、自動車の駐車方法に文句を言った際の同人の態度に因縁をつけ、同人の右頭部を一回手拳で殴打する暴行を加え(原判示第一)、運転免許の効力停止中、二回にわたり普通乗用自動車を運転した(原判示第二の一、二)という常習傷害、道路交通法違反の事案である。いずれも動機に格別斟酌できる事情はなく、被告人には暴行、傷害等粗暴犯の罪に関する前科が多数あるうえ、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反罪により服役して出所後およそ一年半で原判示第一の常習傷害の犯行に及んだものであり、原判示第一の常習傷害被告事件について保釈中に原判示第二の各犯行も反復していること等に照らしても、被告人の法軽視の態度は到底看過できない。

ところで、所論は、被告人は原判示第一の常習傷害の犯行時、飲酒酩酊していて、判断能力等が相当低下していた旨主張する。関係記録によれば、なるほど、所論指摘のとおり、被告人は、原判示第一の犯行前ビールを五、六本飲み、そのため当時のことを忘れた、はっきり記憶していないとなど供述している。しかし、被告人は被害者を殴打した直後、その場で土下座して自分を殴れと言い、被害者から断られるや、「すまなんだ。許してくれ。」と言って自己の非を認め謝罪しているのであって、判断能力が著しく減退していたとは言い難い。また、被告人は他方では、原判示道路交通法違反事件については、「ワンカップ四、五本飲んでも、この程度の酒では運転がにぶるような事はありません。」とも述べており(被告人の検察官に対する平成二年一一月一五日付け供述調書)、現に、ワンカップ四、五本飲んだという原判示第二の一の無免許運転の際には、追突されたことはあっても、被告人の運転に酩酊による特段の異常さがあったとは思われない。これらの点を考えると、被告人の判断能力が著しく減退していたとは認められず、これを量刑上特段に斟酌すべきものとは思われない。これらの点に照らすと、被告人の刑事責任は決して軽いとはいえない。

そうすると、原判示第一の被害者とは示談をし、同人から嘆願書が提出されていること、その他所論が指摘し、記録上認められる被告人に有利な情状を十分に斟酌しても、被告人を懲役一〇月に処した原判決の量刑は相当である。論旨は理由がない。

なお、記録によれば、原裁判所は、平成二年九月一四日起訴にかかる被告人に対する暴力行為等処罰ニ関スル法律違反被告事件について同年一〇月一一日の第一回公判及び同年一一月一日の第二回公判において審理し、弁論を終結したところ、同月一六日被告人に対して道路交通法違反(平成二年わ第四九号事件、以下、「第四九号事件」という。)の起訴があり、同月一七日右暴力行為等処罰ニ関スル法律違反被告事件の弁論を再開し、これに第四九号事件を併合する旨の決定をし、同月二九日の第三回公判において第四九号事件の証拠調べ、論告、弁論、被告人の最終陳述の手続きを済ませて弁論を終結した。ところが、同年一二月四日さらに被告人に対する道路交通法違反(平成二年わ第五五号事件、以下、「第五五号事件」という。)の起訴があり、同日暴力行為等処罰ニ関スル法律違反等被告事件の弁論を再開し、これに第五五号事件を併合し、同月一二日の第四回公判において、前同様、第五五号事件についての証拠調べを済ませ、被告人の最終陳述を経て弁論を終結し、平成三年一月二四日原判決を宣告したことが明らかである。ところが、右各道路交通法違反については、第三回及び第四回各公判調書には刑事訴訟法二九一条二項所定の被告事件についての被告人及び弁護人の陳述の記載がない。およそ裁判所が冒頭手続きにおいて被告人や弁護人に被告事件について陳述の機会を与えないことは、訴訟手続きの法令違反に当たるといわなければならない。しかし、本件においては、第三回及び第四回各公判において、右各道路交通法違反の関係各書証がすべて同意により適法に証拠調べされ、被告人及び弁護人とも各道路交通法違反を含め事件については全く争わず、弁護人は被告人の寛大処分を求める旨の弁論をし、被告人も最終陳述の機会に「迷惑をかけて申し訳ありません」等述べているほか、第四九号事件については、第三回公判において弁護人の質問に対し無免許運転の動機等を述べ、第五五号事件については、第四回公判において検察官から「今回の無免許運転をしたことは間違いないか。」と質問されて、「間違いありません。」と答えているのであるから、仮に被告人及び弁護人において右各被告事件についてその冒頭手続きにおける陳述の機会を与えられなかったとしても、その訴訟手続きの法令違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない(仮に、公判調書における記載漏れであるとしても、同様である。)。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小瀬保郎 裁判官 髙橋通延 萩原昌三郎)

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